推しの未来と、過去の自分

コラム

空港が恋しくてセントレアに遊びに行った山麓園太郎です。サワディーカップ。

「推し」という言葉が大好きです。かつて「ファン」のその先にあった「マニア」「オタク」「フリーク」等の呼称が持つ内側への重力・・・囲い込み独占するようなイメージとは逆に、「推し」という言葉には、実態はどうあれ「他の誰かにも紹介推薦する」という意味があると思うからです。

一方「道を究め」たり、「知識を集積し」たりといった、ある意味孤独な作業には「推し」という言葉があまりしっくり来ません。例えば「オーディオマニア」を「オーディオ推し」と言い換えてみたらどうなるでしょう。「オーディオルーム用にマイ電柱を庭に立てた」とか「100万円台のスピーカーは安物」と言ってた人が突然、家電量販店の店先で見知らぬ人相手に「無理のない予算内でプレイヤー・アンプ・スピーカーの基本3点セットをまず!見た目の好みでOK!え?予算5万?じゃあミニコンポとちょっといいヘッドフォンでどう?」とずいぶん緩い布教を始めそうな豹変感があります。

もっともそれなら大変初心者ウェルカムであり、Bluetoothスピーカーで済ませようとしてた人を更に良い音の鳴ってる世界へ誘うには適任です。そこからマニアへの道へ突き進む人だって一定数いるでしょう。そしてセンスを磨くには知識の集積が欠かせません。思うに、「推し」と「マニア」の間を行ったり来たりできる人が布教係として趣味世界の外周に点在している状態が、趣味普及の理想なんじゃないでしょうか。

今回は「BNK48が迎えた過渡期」をテーマに、「推し」について書いてみたいと思います。

日本のお寺でタイの推しメンの厄除け祈願をする

僕がこの記事を書いている2021年4月現在、僕の推しであるBNK48の1期生Jib(ジップ)ちゃんは活動休止中です。何があったかと言うと、日頃からハードなダンストレーニングを自分に課していた努力家の彼女、頑張り過ぎて膝を壊してしまったんです。

2019年のタイフェスティバル東京で。(撮影:山麓)

痛みをこらえながら劇場公演にも出ていましたが、とうとう日常生活にも差し障る程状態が悪くなってしまったようで、3月2日から5月31日までの2ヶ月間イベント出演やSNSを休んで治療に専念します。

彼女のインスタグラムをチェックするのが日課でしたから、突然音信不通になったような気持ちですがそれは現地のファンも同じです。SNSで近況が報告されない以上、きっとお医者さんに通いながら安静にしているだろうと信じるしかないんですね。

でも過去のBNK48公式アプリでのプライベート配信等を見る限り、相当な時間をゲームに費やしていそうな彼女。暇を持て余してひたすらゲーム三昧の日々になってるんじゃないか、と心配になります。ゲームもほどほどにして、本当の意味でちゃんと安静にしてるかしら?

なんて心配する一方で、こういう時期に活動をお休みするのは逆に良かったかもしれないな、と思うんです。何故かというと今、BNK48は活動の曲がり角に来ているような気がするんです。

結成から4年。その新しさで国民的人気を獲得した鍵だった「純日本式アイドルスタイル」は後発グループに模倣され、ディープなアイドルファンは地下アイドル(タイにもいるんです)へ推し変。BNK48へのカウンターとして楽曲やダンスが再びK-POPに接近したアイドルグループも増えています。シーン全体には活気があるんですが、既にBNK48一強の時代は終わってしまいました。

3枚目となるアルバム「ワロタピーポー」

デビュー当時の、メンバーも運営も一丸となってチャート1位を目指していたムードは失われ、肥大化したAKBグループと同じようなトラブルやゴシップも出始めました。最近ではドラマに主演する等今後も活躍を期待されていたメンバーが卒業を発表。更に詳細が説明されないまま2名のメンバーが突如解雇されています。

それでも2021年3月現在、在籍メンバーが1~3期生合計58名。大所帯になればグループ内の競争も激しくなるのは当然です。神7でも選抜メンバーの常連でもないJibが、「自分の勝負ポイントは歌とダンスしかない」と、もともと一点突破型だったのを更に加速させた事が今回の膝の故障に繋がったのは間違いないのです。

コロナでイベントが減り、握手会も延期、グループにも逆風が吹く今、活動休止には不安もあるだろうけど、悩み迷いながら活動するよりも一旦落ち着いて自分を客観視する時間を持てる(ゲームばっかりしてなければ)のはいい事だと思うんですよ。

現地タイのファンも新たな局面を迎えます。次の契約更新時期には1期生のメンバーの多くが卒業を選ぶのではないか?との憶測がネットで流れています。日本ではAKBは新陳代謝を繰り返す「入れ物」だと既に認識されていますが、デビューから共に育ってきたタイのファンにとっていつか来る「1期生のいないBNK」は未知の体験なのですから。

それでもJibには一日でも長くBNK48に在籍して輝いていて欲しい。そう願う現地ファングループ「Fire Extinguisher」がフェイスブックのファンページで「Jibに励ましのメッセージを贈ろう!」と呼びかけました。握手会で知り合って以来「日本顧問」(活動実態は握手会で配るグッズ作りと日本での布教)を担当している僕も異論はありません。Jibの厄払いをしよう!と3月下旬に静岡県袋井市へ向かいました。

法多山尊永寺(はったさん そんえいじ)。第45代聖武天皇の命で西暦725年(タイ暦1268年)に建立された古いお寺で、そのスーパーストロングな厄除けパワーで有名ですが、境内には女性の守り神を祀った「二葉神社」や「不動明王像」もあります。ここで「Jibちゃん厄除け祈願フルコース」を執り行うのが目的です。

まずは本堂で厄除けのお守りとキュートなピンク色(Jib用だから)のお守り袋を買い、男性は普通立ち入らない二葉神社の鳥居をくぐって(しょうがない。Jibの代わりだから)「実はタイのアイドルグループで頑張っている女の子が膝を痛めてしまいまして・・・」と説明しながらお参りし、不動明王さまに奉納する絵馬を買い、願い事を書きました。

絵馬の上にあるのは現地ファングループのリストバンドです。もちろんこれを身に着けてお参りしました

不動明王さまにも事情を説明した上で、絵馬を奉納。

まだ終わりではありません。売店で売ってるお団子にすら厄除けパワーが宿っていると言われているんです。店内お召し上がりが200円ですがこれで厄除けできるなら「実質お団子無料」と言っていいかもしれない。Jibの分まで食う!

アロイマーク!(とても美味しい)
Jibちゃん厄除け祈願フルコース完了!これでJibの膝は絶対大丈夫だ!

参道には桜も咲き始めていました。来日した時は桜の木の下で撮った写真をインスタグラムに上げたりしてたよなぁ、と思いJibの代わりに見ておきました。

現場には「愛」しかない

僕がタイでBNK48のファンと交流して一番感じるのは「推し」という言葉をこれほど見事に体現しているファンはいない、という事です。SNSを舞台にした対立や中傷がゼロだ、とは言いませんが少なくともファンは皆BNK48という箱を愛し守ろうとしています。

メンバーの誕生日にはファンがお金を出し合ってデパートや駅構内のデジタル広告を推しの写真で埋め尽くし、握手会で初めてのメンバーのレーンに並ぼうものなら「〇〇ちゃんをよろしくお願いします!」の声と共に大量の自作ファングッズをおみやげに持たされ、タイフェスティバルでは応援のためにはるばる来日したファンから会場で自作フォトカード(推しのインスタグラムのQRコード付き)を渡されました。自分の推しが尊いから広めたい、という気持ちが国境すら越えているのです。記事の冒頭で「趣味世界」の話をしましたが、BNK48の現場には、表面には布教係しか見えない(笑)ほど「推し」が「推し」を「推し」ている無償有償の愛と優しい世界が広がっています。

現地ファンによる自作ファングッズの一部

メンバーへの想いはファンそれぞれです。ガチ恋もあるだろうし「こんな妹がいたらなぁ」かもしれないし「とにかくダンスが上手でずっと見ていたい」のかもしれない。僕はというと、親子ほど年が離れてるけれど娘を見る目線ではないし、恋心でもない。

冷静に考えてみると僕にとってのJibはつまり「バック・トゥ・ザ・フューチャー」です。

駄目な僕

僕は学生時代に早くから音楽を志していましたが、「自分にはギターしかない!」と思い込んで何のビジョンもプランもなく突っ走ってしまい、音楽学校へ進む事自体をゴールみたいに考えていました。そこで何を学ぶか、そのためにどう準備を整えるかが大切だったのに。

東京で「ミュージシャン」の名を勝ち取るための競争のスタートラインにすら立てなかったのは当然の話で、身も蓋もないけれど「ずば抜けた腕前」以外に「コネ」や「人間的魅力」や「社会常識」があって初めて、仕事が舞い込んでくるのです。当時の僕は何ひとつ、基準に届かなかった。

それに比べてJibは凄いと思います。1,350人を超える1期生オーディション応募者から29名の最終合格者に勝ち残り、「ずば抜けた歌唱力とダンススキル」も「責任感」も持っています。

でも彼女自身が映画「Girls Don’t Cry」で告白したように、自分をアピールする事がちょっと苦手で、だからこそ逆に得意な部分だけで勝負しようと考えちゃう不器用な所がある。歌とダンス以外にもJibの魅力はあるんだから、それを自分で見つけて育てていって欲しいし、応援してくれるファンの前でなら時々弱音を吐いたって大丈夫なのに。僕はそんなJibに少し、あの頃の自分を重ねて見ているんです。

「もし今の自分であの頃にタイムトリップしたら、あのバンドに入ってツアーに出てたのかな?」「もし今みたいにJibの事を心配するような気持ちがあの頃持てていたら、隣のショップで働いてたあの女の子と付き合っていたのかな?」等と思いながら。

推しの未来も推している

僕の過去はもう変わりません。でも、彼女の未来は僕を含めたファンの言葉がきっかけで変わるかもしれない。だったら悪い方じゃなく、良い方へ変えたい。「推し」が「推し」でいてくれる時間は短いです。JibがいつかBNK48を卒業しても、Jibの人生は続くし、いつかは妻や母としての日々も始まるでしょう。子供を抱っこした時に膝が痛くて辛そうにしてるJibなんて見たくないから、どうか長期的展望に立ってゲームの時間を削って(笑)、治療とリハビリに時間を使って欲しい。

元ゲーム会社勤務で、おまけに最近加齢で膝が痛くなってきてサプリを試したりしてる僕が言うと説得力あると思うんだけどな。

でも説教っぽくするつもりもないから、ファンページには絵馬の写真と、Jibに向けて英語で「ちゃんと休んでる?お守り買ってお参りしておいたから膝は必ず治るよ。若い時のツケは年取ってから来るんだ。ゲームしたり横になってる時にも、正しい姿勢を保つ事を意識してね。コロナが落ち着いたらまた握手会に行くから、君もいつか法多山にお参りに来て欲しい」と書きました。

今はお守りは我が家の玄関に置いてあるけれど、近々タイに送ってファングループを通じて本人の手に届けば嬉しいなと思っています。

「推し」という言葉が大好きです。どれだけお金や時間を使っても無駄だと思えないこの気持ちは、ただ知りたかったり集めたりしたかっただけじゃない、思わず広めたくなる尊さでそこに居てくれるだけで見ているこっちまで「人生は楽しい」と思わせてくれるからなんだと気付いたからです。

僕はマニアには程遠いですが「タイポップス推し」です。タイBLやアジアの音楽がきっかけで「タイポップス趣味世界」上空を飛行中の皆さんの布教係が務まるかどうかは分かりませんが、何しろこのキノコ頭と派手な服で上空からでも大変分かりやすくなっております。安心してご着陸ください。空港ターミナル(過去記事)からはYouTube号やSpotify号等の無料送迎バスが運行しております。どうぞ良い旅を。

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