山麓園太郎です。サワディーカップ。
韓国インディーズ音楽特化型メディア「BUZZY ROOTS」さんとのコラボ企画記事がこの度公開になりました!
韓国とタイの音楽的な交流についての話題も交えながらタイポップスについてお話させてもらったんですが、対談にあたって「サバーイ(気持ちいい)なバンドを紹介してください!」というリクエストを受けた僕はバンドを3つリストアップし、「サバーイ」の謎に迫るべくインタビューをしていました。BUZZY ROOTSさんの記事と合わせて読むともっと楽しい完全版インタビューです。
サバーイ・ポップスって何だろう?Temp.
「サバーイ」っていう言葉は日本人が最初に覚えるタイ語のひとつですね。旅行会話集の本によく載っています。タイ旅行で古式マッサージに行った時に、加減が良かったら言う言葉です(逆に強すぎて痛い時は「ジェップ」と言います)。
で、タイポップスの中にはまるでタイでマッサージ受けてるみたいな心地良さを感じるものがあるんです。まさに施術中みたいな。エアコンの効いた店内で絶妙の力加減で足とか揉まれてて、もうその人の指を伝って疲れ物質が抜けてるとしか思えない。リラックス&無我の境地。そんな聴き心地の音楽が。
僕が最初にサバーイだと思ったのがTemp.です。
古いソウルっぽい曲調だからそう感じるのか?でもこれ以外の曲にもサバーイ感は共通していて、オーバーダビングが少ない「人数分の音しか鳴っていない感」や「音色やアレンジのシンプルさ」にその秘密があるのかな?と最初は思っていました。
で、僕の不思議な引き寄せ力というか(笑)、2019年の4月にバンコクのGMM本社ビル横のカフェでYaninと会っていた時に、ドリンクを買いに来たのがTemp. のNick(guitar/vocal)だったんです。Yaninが紹介してくれました。
この時「来月日本公演があるんだよ」と言っていたので見に行き、更にはCat Expo 6でも会っていたのでかねてから気になっていた「サバーイの謎」を本人に直接訊こうと思ったんです。
Nick (Temp.) インタビュー(2020年9月)
山麓 : どのような音楽に影響を受けましたか?また、あなたが音楽を始めた時に、あなたを魅了した音楽はタイの音楽でしたか?それとも海外の音楽?
Nick : 両親のコレクションしていたカセットテープで聴いた、60~70年代のUS/UKの音楽です。The Beatles, America, Bread, The Beach Boys, Beegees, Everly Brothers, Creedence Clearwater Revival等ですね。
山麓 : 僕たちはTemp.やKopycatの音楽を「サバーイ・ポップス」と名付けています。複雑な多重録音やロック的なサウンドを排し、各楽器に充分なスペースを持たせたアレンジが特徴だと思います。もちろん、タイには大手レーベルGMMで量産されるヒット曲のように複雑なアレンジが施された音楽や多くのロックバンドも存在する事は知っていますが、あなた方のような「サバーイ・ポップス」のアーティストがシンプルでピュアなサウンドを愛する理由をお聞かせください。
Nick : 「サバーイ・ポップス」というのはキュートな名前ですね。気に入りました。しかし、その定義については同意できない部分もありますね。
私の考えでは、Temp.のアレンジはGMMの出すメインストリームのポップスやロックバンドよりも複雑で、一聴してシンプルに聴こえるかもしれませんがそれは決して「メンバー個々の音が合わさっているだけ」でも「演奏するのが楽」という訳でもないんです。
私が思うTemp.の音楽の「シンプル」の定義は、アート的な視点によるもので「平易に感じられるが、掘り下げてゆくと深みがある」という類のものです。また、実際の音響的にもTemp.のサウンドは全くピュアではないと思います。殆どのパートに多くのモジュレーション(音量や音程を周期的に変化させる効果)を使用しています。ただ、隠し味として機能するように大げさな使い方をしないだけなんです。
なるほど確かに、来日公演の時の写真を見返すと日本のバンドと機材の数等に違いはありませんね。そして僕もギター弾きますから分かりますけど、足下に大量の機材を置いてるからって出てくる音が派手だとは限りません。ひとつひとつの機材の出す音はシンプルでも「この曲のこのパートでどうしてもこの音が欲しい」という理由で総数が凄いことになっている場合もあるんですよ。
そして音楽を始めた時から洋楽志向。Temp.の曲は全曲英語歌詞だし、Nickがかつて在籍したPart Time Musiciansもそうです。この曲は特に彼の音楽的ルーツを感じさせるものです。
Temp.というバンドが洋楽をバックボーンに持ちながら、その音にタイらしさを強く感じさせる良い意味での「ゆるさ」を湛えているのはとてもユニークです。
オールディーズ調ナンバーでデビューしたThe Kopycat
続いての「サバーイ・ポップス」は The Kopycatです。
今年(2020年)の7月にデビューしたばかり。MuはこれまでZom MarieやEarth Patraveeやquicksand bed、そしてTemp. にサポートメンバーとしてコーラスで加わっていましたが、自分の好きな1950-70年代のオールディーズを取り入れたオリジナル曲を演奏するために自分のバンドを結成しようと、同様に古い音楽が大好きな仲間のベーシストPond、そしてH1F4など様々なスタイルのバンドで活動するギタリストのHamに声をかけます。バンド名は「人の真似をする人」(Copycat)の頭文字をKに変えて、誰の音楽もコピーせずに、古い音楽素材を使って新しい音楽を作ろうという意味を込めたそうです。
デビュー曲「My Baby」はまさに古き良きアメリカのロッカバラードのスタイルで、彼らの趣味がよく表れていますが、
続く2枚目のシングル「A Night Ride」では初期ビートルズのようなマージービートを追及しています。スライドギターのソロもブルース系ではなくジョージ・ハリスンのそれですね。ジョージがスライド奏法を取り入れるのはビートルズ解散後ですから、70年代のジョージが64年のビートルズに参加したようなタイム・トリップ感があります。
Pond (The Kopycat)インタビュー(2020年9月)
山麓:1950~70年代の音楽に惹かれる理由は?
そして、どうやってこれらの音楽を知ったのですか?
Pond : 私たちは皆、両親が持っていた音楽を聴いています。 The Carpenters、Donny Osmond、Fleetwood Mac、Bee Geesなど、私たちのお気に入りのアーティストは、あらゆる点で私たちに影響を与えています。グループを結成するにあたっては、更にこの時代の音楽を発見しようとメンバーで一緒にネットで検索したり、レコードショップでLPを漁ったりしました。私たちはオールディーズ音楽の持つ真摯さを共有しています。そのシンプルさと純粋さに惹かれているんです。
山麓 : 僕たちは今回Kopycat以外にもTemp.やloserpopを取り上げますが、皆さんの曲に共通点を感じています。「サバーイ・ポップス」と名付けたんですが(笑)。つまり、基本的に多重録音で音を分厚く重ねたりせず、ロック的に歪んだギターサウンドもなく、各楽器のアンサンブルには充分なスペースがあります。
YouTubeでKopycatの「The Beatles Tribute Session」の動画を拝見しました。ギタリストのHamさんはリヴァーブ(残響)を少し加えただけで、ギター本来の生き生きしたサウンドを引き出していましたね。
「サバーイ・ポップス」のアーティストがこのようなピュアなサウンドを愛している理由をお聞きしたいんです。
Pond : この質問への回答は、前の回答ともリンクしていると思います。私たちはできる限り誠実に音楽を作りたいので、必要なものだけを備えて全てを流動的にしようとし、それに反するような大げさな追加要素を排除しています。
【文中に出てくる動画がこちら。Hamさんの足下には3台ほどのペダルが確認できます。彼が腰の高さに置いて鳴らしているアンプ(Lunchbox ZT)にはリヴァーブが搭載されていないので、セッション中かけっ放しのリヴァーブと微かに加わる短いエコー(反響音)、そして後半「I Will」で使っているヴィブラート(音が自動でゆらゆら揺れる効果)を加えるためのものでしょう。いずれにしても彼が使うギター(フェンダー・ストラトキャスター)本来の分離の良い、澄んだ音を生かした使い方です】
J-POPでは「音色のジャンル横断」とでも言いましょうか、ロック的な歪んだギターがバラードでも使われたりしますが、タイポップスではこのように歪ませないギターの生音を使うバンドがとても多いんです。Hamさんも非ポップス系バンドではガンガンに歪んだギターを鳴らしたりしてるので、ジャンルによって使われる音色が決まってるっぽいのは面白いですね。
配信ライブで偶然見かけたloserpop
最後にご紹介するサバーイ・ポップスはloserpopです!最初に見たのは「配信動画で気軽にタイポップスを楽しもう」の記事に書いた今年6月の「Fungjai AT HOME FEST 3」でした。FEVERとEarth Patravee目当てにこの配信ライブをチェックしていた僕は出演者リストからYouTubeでMusic Videoを探していて、loserpopにとても好印象を抱いたんです。
リラックスしたテンポと曲調がとてもサバーイに感じられました。その後実際に配信ライブで見た彼らも終始楽しそうでありながら、細かいリズムのキメも完璧で、このバンドでしか出せないグルーヴを発散していました。
loserpop インタビュー(2020年9月)
山麓 : どのような音楽に影響を受けましたか?
loserpop : ご存じのように私たちのバンドは6人で編成されています。つまりそれぞれ影響を受ける音楽の範囲はかなり広いのですが、私たちの大部分を占める音楽は60年代のオールディーズとソウルミュージック、そして私たちが聴き育ってきたタイのポップスです。それらのメロディーの多くは、私たちの音楽に影響を与えています。特にヴォーカルのBankの両親のカセットテープやCDのコレクションからは多くのインスピレーションを得ました。
山麓 : 今回紹介するloserpopとKopycat、そしてTemp.に僕たちは共通点を感じていて、それを「サバーイ・ポップス」と名付けています。基本的に多重録音やロック的なギターサウンドがなく、空間を生かしたアレンジです。これはJ-POPとは特に対称的なポイントだとも思うんですが。
loserpopは5つの楽器+ヴォーカルという編成ですが、それぞれの楽器はワウワウやリヴァーブといったクラシカルな音響効果を少し加えただけのクリアなサウンドを持っていますね。
なぜ「サバーイ・ポップス」のアーティストがこのようにシンプルでピュアなサウンドを愛するのだと思いますか?
loserpop : 「サバーイ」をジャンルを表す言葉として聞くのは初めてですが、ちょっといい感じですね(笑)。
他のバンドが何故こういうサウンドを志向するのかは、本人ではないので分かりませんが、私たちの場合はオールディーズとソウルミュージックからの多大な影響によるものです。アレンジに関してはそれらよりも複雑だとは思いますが。
私たちは曲を作り始める際に情感の表現に力を注いでいます。例えば「失恋」とか「愛」といった特定のムードで説明できるような。あなたがタイ語の歌詞が分らなくても、私たちの曲を初めて聴いた時に感じた気持ちこそが重要なのですから、それが「サバーイ」なら嬉しい事です。
さて、そのloserpopのファーストアルバム「Stupid Love Song」がリリースされました!Spotify以外にもApple MusicやYouTube Musicで聴けますのでぜひ。あなたのお部屋にもサバーイを!
懐かしさだけではない、何か
僕が「サバーイ」だと感じて選んだこの3組が、偶然にも殆ど同じ音楽的ルーツを持っていました。彼らは古い西洋のポップスやソウルミュージックを敬愛しています。
一方mamakissやPOLYCATのように日本のシティ・ポップに強く影響されているバンドもあるし、同じ洋楽志向でも同世代のアーティスト(Tom Misch等)をフェイバリットに挙げるバンドもいます。
僕はmamakissもPOLYCATも大好きですが、彼らの音楽から受ける印象は「サバーイ」ではなくむしろ「サヌック(楽しい)」なんです。
1950-70年代のポップ音楽は既に「古典」と呼ばれる立ち位置にありますが、録音技術はまだ発展途中にあり、現在に至る様々な音楽ジャンルの原点が生まれた時代の音楽です。「サバーイ・ポップス」のアーティスト達はそれらを参考文献とする事で、知らず知らずのうちに原点回帰を果たしているのではないでしょうか。
しかし、それだけならアメリカのオールディーズにも「サバーイ」を感じるはずなのにあっちは「懐かしい」になる。やはり「タイ」という国を通過する事で懐かしさだけではない何かが加わっているようです。それは気候やマイペンライ(気にしないよ/問題ないよ)気質や仏教の教えといった複数の要素が作り上げたタイ独自のスパイスのようなものなんです、きっと。
かつて洋楽に憧れた日本の音楽家達が生み出した「シティ・ポップ」が今世界から注目を集めているように、彼らの「サバーイ・ポップス」がイギリスやアメリカでも評価される日が来るかもしれません。
今回のBUZZY ROOTSさんの記事を通じて、K-POP好きの日本の人や韓国のインディーズシーンの人達の耳にタイポップスが届きますように。そこから韓国×タイのバンドのコラボが生まれたり、そこからの対バン来日公演なんかが実現したら嬉しいですね!
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